なぜ私たちは、いつも出遅れたと感じるのか?
1) 他人のハイライトと自分を比べる
SNSのフィードが生む相対的剥奪感と焦り
SNSを開くと、毎日こんなものが目に入ります。
友だちが結婚し、誰かがヨーロッパから投稿し、また誰かが一流企業に入り、別の誰かが家を買った。
スクロールしていると、いつの間にか、こんな考えが忍び込んできます。
「止まっているのは私だけ?」
「なんでみんな、あんなに順調なの?」
「私、ものすごく出遅れてる……」
でも、聖書には面白いことがあります。
神が用いた人は、誰一人「予定どおり」には始めていないのです。
2) 履歴書や年齢より、方向
75歳で召されたアブラハムと、速さより方向が大切な理由
1. 方向は、履歴書より強かった
アブラハムは75歳で、人生最大の決断をしました。
今なら、引退を考える年齢です。
そのとき、神は言われました。
「あなたは国を出て、親族に別れ、父の家を離れ、わたしが示す地に行きなさい」(創世記12:1)
神は彼の年齢を聞かれませんでした。「今まで何をしてきたのか」とも聞かれませんでした。
見ておられたのは、ただ一つ。
「あなたは今、どこへ向かっているのか」。
間違った方向に全速力で走るより、正しい方向にゆっくり進むほうがいいのです。
3) 背景より、関係
フォロワーの数ではなく、ヨナタンの信頼が羊飼いの人生を変えた
2. 背景より、関係
ダビデには履歴書がありませんでした。
学歴もコネもない、田舎の羊飼いの少年です。
彼の人生を変えたのは、能力ではなく、ヨナタンという一人の友でした。
王になるはずだった王子ヨナタンは、ダビデに言いました。
「あなたは王になるでしょう」。
そしてサウルがダビデを殺そうとしたとき、ヨナタンは命がけでそれを止めました。
フォロワーの数は人生を変えません。
最後まで味方でいてくれる一人と、神との関係が、人生を変えるのです。
4) 神のタイミングは、世の基準を打ち破る
モーセの第二の人生は、80歳の荒野で始まった
3. タイミングは神が決める
モーセは若いころに人を殺し、荒野に逃げました。
そして40年間、ただ羊を飼って過ごしました。
80歳のとき、神は彼を召されました。
人の目には、彼の人生は終わっていました。
でも神の目から見れば、まさに準備が完了した瞬間だったのです。
そのモーセが、イスラエルの民全体を導くことになったのです。
結論:比べることを超えて、信頼とへりくだりへ
神のタイミングを待ち、今日を霊的な出発点として生きる
今日やることは、三つだけ
1. フィードをスクロールするたびに、一度だけ自分にこう言ってみてください。
「私の方向は神と共にある。比べない」。
2. ヨナタンのような友がいるなら、大切にしてください。いないなら、誰かのヨナタンになってください。
3. 「出遅れた」の代わりに、こう言ってみてください。
「今こそが、私の人生のちょうどいいスタート地点だ」。
マタイ20:16「このように、あとの者は先になり、先の者はあとになるであろう」
ペテロの第一の手紙5:6「だから、あなたがたは、神の力強い御手の下に、自らを低くしなさい。時が来れば神はあなたがたを高くして下さるであろう」