敵のために死なれたイエス
人間に共通する罪の性質
義人はいない、ひとりもいない「次のように書いてある、『義人はいない、ひとりもいない。悟りのある人はいない、神を求める人はいない。すべての人は迷い出て、ことごとく無益なものになっている。善を行う者はいない、ひとりもいない』」(ローマ3:10-12)
なぜ愛される人と、攻撃される人がいるのか?
人間関係の根本的な問題誰からも優しくされる人もいれば、誰からも攻撃される人もいます。
どうすれば、みんなが私を愛してくれるのでしょう。
互いを採点するおろかさ
私たちはみな弱さだらけ私たちは他人を道徳の点数で測り、成熟度を採点し、「あの人はああいうタイプだ」と片づけてしまいます。
でも採点している自分は、本当に大丈夫なのでしょうか。
心の中、飲み込んだ言葉、感情労働、説明しなかった事情は、見えないのです。
イエスが知っておられる人間
罪の性質と弱さイエスは、人の罪の性質をすべて知っておられました。
だから五つのパンと二匹の魚の奇跡のあとでも、ご自分を王にしようとする人々に、身をゆだねられなかったのです。
すべての人間に共通する前提
本性の悪地上のすべての人間は、地獄に向かっています。
人間の本性は悪です。歴史の中の大洪水、ソドムとゴモラ、バベルの塔、戦争の歴史がそれを証明しています。
イエスの選択
採点せずに、代わりに死なれたイエスは、私たちを採点し、評価するために来られたのではありません。
私たちが地獄に行かないように、代わりに死んでくださったのです。
「あなたがめちゃくちゃなのは全部知っている。それでも、わたしが代わりに負う。あなたはただ、わたしの手を握っていなさい」。
ほふられた小羊
ヨハネの黙示録5:6「わたしはまた、御座と四つの生き物との間、長老たちの間に、ほふられたとみえる小羊が立っているのを見た」(ヨハネの黙示録5:6)
十字架の衝撃
魂に刻まれた痛み魂には、その人のすべての過去が刻まれています。
聖霊を通して見たイエスの魂は、言葉にできないほどの壮絶な苦しみと死の跡で満ちていました。
それを見た瞬間、あらゆる評価も計算も、意味を失いました。
私の決断
人生を主にささげるその日から、私はイエスのために、自分の人生をすべて手放しました。
もう計算することも、評価することもありませんでした。
あの方は、悪い私のために死んでくださったのです。
賛美
•驚くべき主の大いなる恵み
•ほふられた小羊