シュメールは、突然現れた宇宙人の文明ではない
最初の文明ではなく、最も成功した文明
シュメール文明は、ある日、宇宙人の仕業として空から降ってきたのではありません。紀元前1万年ごろ、ギョベクリ・テペの人々は石を加工し、共に暮らすことを学び始めました。成熟度で言えば、15%くらいの段階です。
それから何千年もかけて技術を積み上げました。チャタル・ヒュユクで40%、ウバイド文化で65%。
シュメールは、蓄積された知識が100%に達し、文字という記録の道具と出会った瞬間です。そうして世界史にその名を刻んだのです。
つまりシュメールが特別に輝いて見えるのは、宇宙人が助けたからではなく、人類が長く蓄積してきたデータを文字で整理し、鮮明な記録を残したからなのです。
人の多さが文明を必要にした
大洪水のあと、人口が爆発的に増えると、人々は「シナルの平野」に集まりました。シュメールの中心都市ウルクは、今の小さな町くらいの大きさしかありませんでした。
その狭い空間に何万人もの人々が詰め込まれ、人類ははじめて、密集した社会を運営するという複雑な問題に直面したのです。
「さあ、町と塔とを建てて、その頂を天に届かせよう。そしてわれわれは名を上げて、全地のおもてに散るのを免れよう」(創世記11:4)
人の多さが大きな建物を必要にした
こんなに狭い地域に何万人も住まわせるのは、昔ながらの泥と石の小屋では不可能でした。人々はれんがを焼き、粘り気のあるアスファルトを防水に使い、高い建物や塔を建てました。
この建築技術が、のちにギルガメシュ王(ニムロド)がバベルの塔に挑む土台になったのです。
「さあ、れんがを造って、よく焼こう」。こうして彼らは石の代りに、れんがを得、しっくいの代りに、アスファルトを得た(創世記11:3)
人の多さが文字を必要にした
何万人もの日々の必要を、もう頭の中では管理しきれなくなったとき、文字が生まれました。人類最古の、名前の残る記録の一つ、ウルクのクシムの粘土板は神話ではありません。誰がビールをどれだけ持っていったかを記した帳簿です。
文字は、決して崇高な目的から始まったのではありません。密集した人々を管理し、税を集めるための「オペレーティングシステム」として設計されたのです。