イラン vs イスラエル:遺産をめぐる兄弟げんか
1) 一つの家系図、共通の信仰
一人の先祖アブラハム、そして大きく重なる宗教の「アルゴリズム」
イランとイスラエルの対立は、聖戦ではありません。祖先と設計図を共有する兄弟どうしが、プライドをかけて家業の主導権を争う、激しい戦いです。どちらの伝統も、一人の先祖アブラハムにさかのぼります。根っこだけではありません。宗教の「アルゴリズム」もほとんど同じなのです。一神教、割礼、食物の規定。核となる論理は驚くほど似ているのに、何千年ものあいだ、誰が本当の後継者かをめぐって互いに剣を向けてきました。この見方では、ユダヤ教、シーア派、スンニ派は、アブラハムの遺産をめぐるフランチャイズ戦争の、それぞれの支店なのです。
2) 家系の分裂:4000年前の遺産争い
兄イシュマエルと弟イサク、歴史の導火線
すべては、アブラハムの二人の息子、イサクとイシュマエルから始まりました。ユダヤ教は弟イサクの系統をたどり、イスラム教は兄イシュマエルを敬います。一人の父から生まれた兄弟が、それぞれ自分の相続分のほうが大きいと言い張る。そのプライドが、この長い戦争の種なのです。
3) 出会いと別れ:7世紀のOSの衝突
メディナでの拒絶と、礼拝の方向(キブラ)の変更
622年、メディナに、アブラハムの信仰を回復すると宣言する新参者ムハンマドがやって来て、既存のユダヤ教のシステムとつながろうとしました。既存のユダヤ人共同体がこの「アップデート」をきっぱり拒むと、イスラムは礼拝の方向をエルサレムからメッカに変え、独自の道を宣言しました。新しいOSと古いレガシーシステムが互換性を拒み、他人になった瞬間でした。
4) アディダスとプーマ:兄弟の戦争
同じ技術の根、そして互いに向けられた全火力
彼らの関係は、靴づくりの技術を共有しながら仲たがいし、アディダスとプーマに分かれたダスラー兄弟のようなものです。同じ技術の根、同じ製品であるスニーカーなのに、それぞれ自分こそ本物だと言い張り、町の反対側に工場を建て、相手をつぶすことに全力を注ぎました。今のイランとイスラエルは、一部は先祖の遺産から作られた武器で戦っているのです。
5) 元祖の店 vs フランチャイズ
共通のレシピ、大衆向けのバージョン、そして「元祖」の看板争い
秘伝のレシピを何千年も一か所で守ってきた元祖の店がユダヤ教だとすれば、そのレシピを持ち出して大衆向けにアレンジし、世界中に巨大チェーンを開いたのがイスラム教です。看板は違っても、客から見れば味はだいたい同じなのに、店主どうしは本物の看板が誰のものかで、家具を投げ合っているのです。
結論:プライドから生まれた、容赦ない利害の戦争
神聖な大義の陰に隠れた、地域の覇権
宗教という大義は包み紙にすぎません。中身は、誰が地域を支配し、より大きな分け前を取るかの争いです。宗教の大義、世俗の権力、先祖のプライドが混ざり合い、止まれない破壊の戦争になっています。聖戦と神の御心の名のもとに互いの飯の種を奪い合うこの兄弟げんかは、いちばん近い身内が敵になったとき、物事がどれほど残酷になりうるかを示しているのです。