「神のような」レプティリアン・イルミナティ説の矛盾
デーヴィッド・アイクの本を読むと、彼の言うレプティリアンはただの宇宙人ではないことがわかります。ほとんど神です。
° 自由に人間の姿に変わり、人間の意識を操る。
° 死なずに何千年も生きる。
° テレパシーを使い、次元のあいだを移動する。
° 光より速く星々のあいだを旅する。
アイクによれば、レプティリアンはシュメール神話のアヌンナキとつながる超高度な宇宙文明です。そんな力を持つ文明なら、何千、何万もの惑星に住み、宇宙の資源を好きなように使えるでしょう。できないことなど何もありません。
人間の心を操れる存在なら、ばれることを心配する理由はありません。都合が悪くなれば、人々の記憶を消せばいいのですから。それなのに、銀河を自由に行き来するこの存在は、人間の大統領に化け、王族の中に隠れ、ばれないように一生人間のまねをして過ごすというのです。
人間を支配して得るとされるもの、労働力にしても資源にしても、同じことです。
惑星をまるごとテラフォーミングし、生命体を注文どおりに設計できる存在なら、自分好みのAIバイオロボットを作ればすむ話です。
たとえ目的が、人間が発する「恐怖のエネルギー」だとしても、論理は変わりません。
人間を全員一か所に閉じ込めて、恐怖でもアドレナリンでも、必要なときに必要なだけ取り出せばいいのです。
心を操り、感情を思いのままに動かせる存在にとって、それはたやすいことでしょう。
それなのに、人間に自由を与え、社会を作らせ、選挙までさせて、こっそり紛れ込んで大統領やCEOになり、裏で糸を引く? それは、考えうる中でもっとも非効率で、もっとも危険な方法を選んでいることになります。
アイクが描くレプティリアンは、神の力を持ちながら、近所のいたずらっ子のようにふるまいます。
これはレプティリアンだけの問題ではありません。全能の宇宙人なのに、古代にやったことといえば、大きな石を積み上げ、平原に動物の絵を描いたことだけ。
このちぐはぐさこそ、レプティリアン説を含む陰謀論の最大の論理的矛盾なのです。
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° 自由に人間の姿に変わり、人間の意識を操る。
° 死なずに何千年も生きる。
° テレパシーを使い、次元のあいだを移動する。
° 光より速く星々のあいだを旅する。
アイクによれば、レプティリアンはシュメール神話のアヌンナキとつながる超高度な宇宙文明です。そんな力を持つ文明なら、何千、何万もの惑星に住み、宇宙の資源を好きなように使えるでしょう。できないことなど何もありません。
神のような存在が、人間から隠れるだろうか?
人間の心を操れる存在なら、ばれることを心配する理由はありません。都合が悪くなれば、人々の記憶を消せばいいのですから。それなのに、銀河を自由に行き来するこの存在は、人間の大統領に化け、王族の中に隠れ、ばれないように一生人間のまねをして過ごすというのです。
人間を支配して得るとされるもの、労働力にしても資源にしても、同じことです。
惑星をまるごとテラフォーミングし、生命体を注文どおりに設計できる存在なら、自分好みのAIバイオロボットを作ればすむ話です。
そもそも、人間から得るものがない
たとえ目的が、人間が発する「恐怖のエネルギー」だとしても、論理は変わりません。
人間を全員一か所に閉じ込めて、恐怖でもアドレナリンでも、必要なときに必要なだけ取り出せばいいのです。
心を操り、感情を思いのままに動かせる存在にとって、それはたやすいことでしょう。
それなのに、人間に自由を与え、社会を作らせ、選挙までさせて、こっそり紛れ込んで大統領やCEOになり、裏で糸を引く? それは、考えうる中でもっとも非効率で、もっとも危険な方法を選んでいることになります。
神の力、小物の詐欺師のふるまい
アイクが描くレプティリアンは、神の力を持ちながら、近所のいたずらっ子のようにふるまいます。
これはレプティリアンだけの問題ではありません。全能の宇宙人なのに、古代にやったことといえば、大きな石を積み上げ、平原に動物の絵を描いたことだけ。
このちぐはぐさこそ、レプティリアン説を含む陰謀論の最大の論理的矛盾なのです。