カルヴァン vs ウェスレー:あなたの未来はどう「選ばれた」のか
私たちの未来は予定されているのでしょうか。終わらない500年の夫婦げんか、それがカルヴァンの予定論とウェスレーの予知論の論争です。
今日、このけんかを終わらせたいと思います。この問題は古典的な神学だけでは解けません。バックテストに使うようなプログラミングができる神学者だけが、やさしく説明できるのです。結論から言うと、二人とも正しい。そして二人はもともとひとつでした。
カルヴァンは、神は世界を造る前から、誰が救われるかを決めていたと言います。
でもカルヴァンおじさんにこう聞くと、気まずくなります。「じゃあ私は操り人形ですか? 全部決まっているなら、私の選択って何なんですか?」
「信じない人は、神が信じないように決めたから信じないんですか? それなら本人のせいですか、神のせいですか?」
ここでカルヴァンおじさんは少し口ごもります。自由が薄いこと、それがこの立場の弱点です。
そこでウェスレーが反撃します。神は何も強制していない。誰が信じるかを、ただ前もって知っていただけだ。決めたのではなく、知っていたのだ、と。
でもウェスレーおじさんにも、やっかいな質問があります。
「神が私の未来を全部知っているなら、その未来はもう決まっているんじゃないですか? 決まっているから知っているんじゃないですか? だったら私は本当に別の選択ができるんですか?」
ここでウェスレーおじさんも少し汗をかき始めます。「知っている」と言っただけなのに、一本道に固定された未来は、カルヴァンの未来とそっくりに見えるのです。
ここが面白いところです。二人のおじさんはあれほど激しくけんかしていますが、実は同じ場所に立っています。
二人とも、神のまなざしが「あなたのこの特定の決定」に向けられていると前提しているのです。それが罠です。
二人とも、神をあまりに小さな場所に置いています。まるで私がラーメンを頼むかスープを頼むか、肩越しにのぞき込んでいるかのように。この絵を変えれば、けんかは終わります。
神が決めたのは「あなたがラーメンを選ぶかスープを選ぶか」ではありません。
神が選んだのは「あなたがどちらでも自由に選べる世界全体」です。
ゲーム開発者は、キャラクターが右に行くか左に行くかを操作しません。その代わり、あらゆる可能性を織り込んで全体を作り、スイッチを入れます。
神もそうです。神が造りうる世界は無数にあります。人々が自由にあれこれと生きる、果てしない世界のすべてを、神はご存じです。その中から、ご自分の御心がもっとも美しく展開する一つの世界を選び、それを現実にされたのです。
だから神の関心は「あなたの昼ごはん」ではなく、「あなたという自由な人が生きる世界全体」でした。スケールがまったく違ったのです。
今の言葉で言えば、神はあらゆる可能なシミュレーションを走らせ、そのひとつを実行されたのです。昔の人には、この絵を表す言葉がなかっただけです。
第一に、神はあらゆる可能な自由な世界を知っている。あれ、これはウェスレーの「予知」です!
第二に、その中から最善のものを選んでスイッチを入れる。あれ、これはカルヴァンの「聖定」です!
二人のおじさんは500年間、互いに相手が間違っていると言い争ってきましたが、実は同じ動作の前半と後半をそれぞれ握っていたのです。
だから、あなたの選択は100%本物です。この世界は、あなたが祈り、神が答える瞬間に至るまで、織り合わされています。
だから預言が可能なのであり、ときどき夢で未来をかいま見ることがあるのです。世界はすでにすべて書かれていて、その台本の切れ端が、ときどき夢の中にもれ出てくるのです。
500年の夫婦げんかは、今日ここで終わりです。
原文を読む(韓国語) →
今日、このけんかを終わらせたいと思います。この問題は古典的な神学だけでは解けません。バックテストに使うようなプログラミングができる神学者だけが、やさしく説明できるのです。結論から言うと、二人とも正しい。そして二人はもともとひとつでした。
1. カルヴァンおじさんの主張:「神はすべてを決めた」
カルヴァンは、神は世界を造る前から、誰が救われるかを決めていたと言います。
でもカルヴァンおじさんにこう聞くと、気まずくなります。「じゃあ私は操り人形ですか? 全部決まっているなら、私の選択って何なんですか?」
「信じない人は、神が信じないように決めたから信じないんですか? それなら本人のせいですか、神のせいですか?」
ここでカルヴァンおじさんは少し口ごもります。自由が薄いこと、それがこの立場の弱点です。
2. ウェスレーおじさんの反撃:「神は知っていただけだ」
そこでウェスレーが反撃します。神は何も強制していない。誰が信じるかを、ただ前もって知っていただけだ。決めたのではなく、知っていたのだ、と。
でもウェスレーおじさんにも、やっかいな質問があります。
「神が私の未来を全部知っているなら、その未来はもう決まっているんじゃないですか? 決まっているから知っているんじゃないですか? だったら私は本当に別の選択ができるんですか?」
ここでウェスレーおじさんも少し汗をかき始めます。「知っている」と言っただけなのに、一本道に固定された未来は、カルヴァンの未来とそっくりに見えるのです。
3. 待って、二人は変なところでけんかしている
ここが面白いところです。二人のおじさんはあれほど激しくけんかしていますが、実は同じ場所に立っています。
二人とも、神のまなざしが「あなたのこの特定の決定」に向けられていると前提しているのです。それが罠です。
二人とも、神をあまりに小さな場所に置いています。まるで私がラーメンを頼むかスープを頼むか、肩越しにのぞき込んでいるかのように。この絵を変えれば、けんかは終わります。
4. 神はあなたの昼ごはんの注文に興味はない
神が決めたのは「あなたがラーメンを選ぶかスープを選ぶか」ではありません。
神が選んだのは「あなたがどちらでも自由に選べる世界全体」です。
ゲーム開発者は、キャラクターが右に行くか左に行くかを操作しません。その代わり、あらゆる可能性を織り込んで全体を作り、スイッチを入れます。
神もそうです。神が造りうる世界は無数にあります。人々が自由にあれこれと生きる、果てしない世界のすべてを、神はご存じです。その中から、ご自分の御心がもっとも美しく展開する一つの世界を選び、それを現実にされたのです。
だから神の関心は「あなたの昼ごはん」ではなく、「あなたという自由な人が生きる世界全体」でした。スケールがまったく違ったのです。
今の言葉で言えば、神はあらゆる可能なシミュレーションを走らせ、そのひとつを実行されたのです。昔の人には、この絵を表す言葉がなかっただけです。
5. カルヴァンとウェスレーは、実は同じチームだった
第一に、神はあらゆる可能な自由な世界を知っている。あれ、これはウェスレーの「予知」です!
第二に、その中から最善のものを選んでスイッチを入れる。あれ、これはカルヴァンの「聖定」です!
二人のおじさんは500年間、互いに相手が間違っていると言い争ってきましたが、実は同じ動作の前半と後半をそれぞれ握っていたのです。
だから、あなたの選択は100%本物です。この世界は、あなたが祈り、神が答える瞬間に至るまで、織り合わされています。
だから預言が可能なのであり、ときどき夢で未来をかいま見ることがあるのです。世界はすでにすべて書かれていて、その台本の切れ端が、ときどき夢の中にもれ出てくるのです。
500年の夫婦げんかは、今日ここで終わりです。