なぜ祖先祭祀は、アジアにだけ残ったのか?
地理の特徴と、防衛の仕組みの違い
ヨーロッパは地形が平らで、守りにくい土地でした。絶え間ない戦争の中で、生き残りの鍵は家の伝統より、目の前の敵を食い止める戦士の力でした。先祖をまつるより、生きている戦力を確保することが優先だったのです。
宗教による統合と、文化の断絶
キリスト教がヨーロッパ全体に広まると、「唯一の神」を中心とする世界観が根づきました。その過程で、それまでの多神教的な要素や祖先崇拝は偶像崇拝とみなされ、急速に姿を消していきました。
アジアの縦の権威の仕組み
一方、アジアでは個人より家が優先でした。生きているあいだは年長者の言葉が法だった強い権威主義は、その人が亡くなったあとも「祭祀」という形を通して、その力と権威を受け継ぎ、確かめる手段になったのです。
定住文化と、家の継続
アジアの人々は一つの村に長く定住し、農業をしながら墓を守り、家を受け継いでいきました。あまり移動しなかったので先祖の痕跡を管理しやすく、それが自然と、途切れることのない祖先崇拝の文化として固まっていったのです。
繁栄の尺度と、現代の視点
今はヨーロッパのほうが先を行っているように見えるかもしれません。でもアジアのこうした結束力は、急速な経済成長(圧縮成長)の原動力にもなりました。ただ、行きすぎた集団主義や権威が、現代の個人の創造性とぶつかる地点に来ているのかもしれません。